器楽堂老舗

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先日の器楽堂のお茶会でのお話し

2025.11.03 Monday

先日、器楽堂のお茶会でのこと
あるお席(たしか午前の二席目)でお話しがはずみ、そのはずみでお話しさせていただいたことがありました 
その時に間違えて言ってしまったと思って、そのことを午後のお席で「午前のお席でこんな間違いをしてしまいました」とお話しさせていただいたのですが、間違ってはいなかったのに、間違えてしまいまして、とお話ししてしまいました。
この場をかりて訂正させていただきます。
少しややこしい話でございます

「瓢箪(ひょうたん)」の異名に
「壺盧」
「胡盧」
「胡蘆」
「葫盧」
「葫蘆」
があり、これらはすべて「ころ」と読みます
「ころ」という名前の付く瓢箪の形を使った茶道具がありまして、
そこからこの話題に転じたのでございました

国宝「瓢鮎図(ひょうねんず)」というものがありますが、
室町幕府 第四代将軍 足利義持の命により、
「瓢箪(ひょうたん)で 鮎を押さえ取る」
という禅の公案(こうあん)を画僧 如拙(じょせつ)が描いています。

「鮎魚竹竿に上る(ねんぎょちっかんにのぼる)」という中国の諺があります。
すべすべした竹にぬるぬるした鮎魚が上ることは不可能なので、
「ありえない」という意味と
「苦労しながら努力すればいつかは成功する」という両方の意味を持ちます。

「鮎魚竹竿に上る」を踏まえた「瓢箪で鮎を押さえ取る」
という公案に対して「瓢鮎図」の上には三十一人の禅僧による賛が三段にわたって書かれています(元は表裏の屏風だったそうですが)。
その中に
「葫蘆葫蘆」とか「葫蘆転」などの表現がありまして、
いろいろ説はあると思いますが、
「葫蘆葫蘆」は「瓢箪よ瓢箪よ」という呼びかけでもありましょうし、
「(瓢箪が)ころころと」と音をあらわしているのかもしれません
「葫蘆転」は「瓢箪が転じる」なのだと思いますが、読み方によっては
「ころところがる」ともなるので、おもしろいと思っておりました。
そんなことを午前のお席で申し上げておりましたが、
午後のお席で、
『「瓢箪で鮎を押さえ取る」は「鮎」の字なのになぜか「なまず(鯰)を押さえ取る」っ言ってしまいまして、まちがえてしまったのですよ』
と申し上げてしまいました
実はこの公案では「鮎」と書いて「なまず」と読むのが本来で、以前、間違えてはいけない、と
一生懸命に覚えていたのに、「瓢鮎図」の字を思い浮かべて、「あれ、午前のお席の方にあゆをなまずって申し上げてしまったわ」と、思ってしまって、午後のお席の方に「間違えてしまいまして」と私の失敗談として申し上げてしまったのですが、実は午前のお席で「なまず」と呼んだ方が正しかった、ということに翌日気付いたのでございました

「鮎」という漢字は日本では「あゆ」ですが、中国では「なまず」の意味で、この禅の公案では「鮎」と書いて「なまず」と読ませているというややこしい表記だからこそ起こった私の中でのややこしい間違い
(間違っていなかったのに間違ってしまったと思ったという……)

加えて、
この「瓢鮎図」を踏まえて
玉島円通寺で修行していた良寛さんが、おそらく越後へ帰ってから後にお作りになられた俳句に
「わが恋は 瓢(ふくべ)で鰌(どじょう) 押すごとし」と「なまず」を「ドジョウ」として詠み変えておられるので、何が何だかわけのわからないことになり、
うるおぼえのまま「瓢箪でなまずを押すなどと間違えて言ってしまいまして」、と間違っていなかったのに間違えた、と言ってしまったというわけです(結局ややこしくてすみません)

「瓢箪なまず」のことわざも「瓢鮎図」からきているみたいです

一枚目の絵は国宝「瓢鮎図」を母に模写してもらった鉛筆画です
二枚目は母方の祖父 宮尾清一が良寛句「わが恋は 瓢でどじょう 押すごとし」を描いたはがきより、その絵の部分で、三枚目は俳句の部分です

瓢鮎図摸刻

良寛瓢でどじょう

良寛瓢でどじょう押すごとし

反省もしましたが、個人的には勉強になりました

実は
あの日、どちらのお席でも間違えて申し上げたことがありました
この禅の公案を投げかけた将軍の名前、思い出せなくて、まったく違う名前を「だったかしら」と申し上げておりました
うる覚え、を再認識
失礼致しました

この記事も何度か書き直しました(最初の記事をお読み下さった方、すみません)

この世はままならないことばかり
だからこそ飄々と生きる、それが瓢鮎図や良寛句に表現されているのかもしれませんね
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